2010年01月04日

そうだ 弁天山、行こう。

 日本一低い山、弁天山のイメージビデオを作ってみた。


 


 映像は、この正月に初登山に行ったときのもの。山も正月バージョンなので、富士山型の電飾がキラキラ光っているレア(?)な映像である。

 撮影しているときに、「そうだ 京都、行こう。(Wikipedia)」のBGM付けたらしっくりくるんじゃない? みたいなことを話していたので、いっそのこと、そのまんま「そうだ 京都、行こう。」のような感じにしてみた。このCM、関西では流れないから、実際にテレビで見たことはないんだよなー。

 そして試しに、ニコニコ動画にもアップ。こっちは画質悪いな。なんかアップするコツがありそう。


---

 ところでこの弁天山、いつのまにか「bentenyama.com」を取得して、公式ページを開設していた。ライブカメラまであるとは、なんという力の入れよう。

2009年11月24日

記念メダル刻印機

 先日の旅行で、下関の海峡ゆめタワーに上った。そこで一番印象的だったのが、下関の美しい夜景ではなく、「記念メダル刻印機」だった。


 


 このマシン、全国の観光地に設置されているため、誰もが一度くらいは見たことがあるのではないか。

 これは、まず左の販売機で記念メダル(その観光地を表す絵柄になっている)を購入し、その隣のマシンを使って、購入した記念メダルに好きな文字を刻印するというもの。個人的には、「昔は流行ってたけど今は影を潜めている系のお土産」のイメージがある。(最近はご当地ピンズにお株を奪われてしまったような)

 これまでの旅行でも、幾度となくこのマシンを見てきただろうと思う。ただ今回は、周囲の雰囲気も相まって、なんとも言葉にしがたい不思議な魅力があったのだ。その独特の雰囲気を伝えるため、動画を撮ってきたのでご覧いただきたい。(無駄にハイビジョンで見られます)


 


 闇に浮き上がる妖艶な光、無骨なマシンボディ、周囲に流れる寂しげな音楽、そして極めつけは、テレビに表示される前時代的な映像、そこに映し出される「誰?」って感じの謎のマスコットと変な模様……。ほとんど観光客がいなかったことも、雰囲気作りに一役かっていると思う。

 すっかり過去の遺物感が漂っているのに、まだまだ現役なところが素晴らしい。きっと地デジ移行後には、全国の使われなくなったアナログチューナ付きテレビが、この記念メダル刻印マシンの表示用モニタとして余生を送ることになるのでしょう(適当)。


---

 記念メダルに興味が出てきたため、いろいろ調べてみた。

 まず、全国にある記念メダルと販売機、刻印機の大半が、大阪の茶平工業の製品らしい。その会社の公式ページも存在し、そこではなんと全国に散らばっている記念メダルの販売場所が分かるようになっている。
 マシンの古めかしさからすっかり錯覚していたのだが、メダルの方は今もなお新しい種類が作られているようだ。

 コレクション系アイテムなので、コレクターの人も多いようだ(検索するといろんなサイトが見つかるので省略)。中でも、記念メダルマシーンのページに、いろんなマシンの写真が集まっている。これを見る限りでは、どれも基本は似たような感じで、近年に劇的なモデルチェンジがあった風ではない。そのうち、あの古めかしい映像がフルカラー、高解像度化される日が来るのだろうか。

2009年07月25日

紙幣・貨幣の聖地巡礼

 この前の沖縄旅行の写真から一枚。


 


 年々影が薄くなっている印象のある二千円札(平和希求紙幣……)。私は相変わらず常時1枚の二千円札を携行している。さすがに3枚は持ってないけど、1県民ではないのでどうか許して欲しい。

 そのおかげで、守礼門に行った際に二千円札の図柄とほぼ同じ構図の写真を撮ることができた。いま流行りの言葉を借りれば、これは聖地巡礼(Wikipedia)と言えるのではないか。


 
 ▲二千円札の聖地巡礼写真。もう少しあおった方が良かった


 聖地巡礼とは、アニメやドラマのロケ地に行き作中と同じ風景を目にして感動したり、さらに全く同じ構図を探し写真に撮ったりして満足すること。それでいくと、これは紙幣の聖地巡礼に他ならない。

 よくよく考えると、近年の紙幣の図柄と言えば人物ばかりであった。それがここに来て守礼門。おまけに二千円札自体がレアなので、このことは世間にはあまり認知されていないかもしれない。二千円札は聖地巡礼ができる!

 大好きな二千円札のことなのでつい興奮気味になってしまったが、ついでに貨幣に目を向けてみると……なんのことはない、十円玉が平等院鳳凰堂である。こっちはみんな財布に入っているので、平等院鳳凰堂に行った際に一緒に写真を撮るのは容易である。“平等院鳳凰堂 十円”で画像検索すると、それなりに写真が出てくる。みんな無意識に聖地巡礼していたのである。

 そんな紙幣・貨幣の聖地巡礼であるが、おそらくこのことを「聖地巡礼」と呼んでいる人はまだいないのではないか。紙幣に対して「聖地巡礼」を使うなんてニュアンスが違うと言われそうだが、せっかく思いついたので、みなさん守礼門や平等院鳳凰堂に行った際には使って欲しい。


---

余談:
 紙幣や貨幣のことを調べていると、天皇陛下御在位20年記念貨幣が発行されることを知る。なんと1万円硬貨。しかも純金+特殊加工なので売価は1万円以上するらしい。
 これは欲しい。でもコレクションアイテムに1万円超は少しためらいが……。

2009年07月20日

日本の端っこと証明書

 先日、人生初となる沖縄に行ってきたのだが、その主たる目的は言わずもがな端っこである。つまり日本最西端の与那国島・西崎と、日本最南端(民間人が到達可能な地点)の波照間島・高那崎だ。最北端と最東端はすでに到達済みなので、これで日本の端っこを制覇したことになる。
 趣味で岬めぐりをしているのに、日本四端すら制覇できてないというのがずっと心につかえていたため、これでようやくスッキリできた。せっかくなので、各端っこの写真でも。



2009.07.14 日本最西端(与那国島・西崎)



2009.07.16 日本最南端(波照間島・高那崎)



2006.09.12 日本最東端(北海道・納沙布岬)



2006.09.15 日本最北端(北海道・宗谷岬)


おまけ・・・

2008.04.12 日本の中心(兵庫・日本へそ公園)


 次なる端っことしては、「離島を除く」日本の端シリーズが手軽に達成可能かなと思っている。この場合、北と東は変わらずに、最西端が長崎の神崎鼻、最南端が鹿児島の佐多岬になる。
 そのうちの神崎鼻は4月に行ってきたため、残るは佐多岬だけなのだが、ここが意外と曲者。というのも、近くを走るバス路線が数年前に廃止になってしまったのである。よって、現状ではレンタカーくらいしか現実的な到達方法がないという、実に鉄道・バス旅泣かせの岬なのだ。さっさと到達しておきたいところだが、さてどうやって行こうかな……。


---

 ちなみに、端っこなどの記念になる場所に行くと「到達証明書」を売っている場合が多い。今回の最西端・最南端でも、例によって「証」を売っていた。



 私がいままで買った証の中でも、これらはかなり上等な部類の証である。紙質も良く台紙も付いていて、その分値段も上等で500円。コレクション性が高いアイテムになっている。

 こういうアイテムがあるとなると、きっと全国の証明書の類を集めている人がいるに違いない。そう思って調べてみると、やはり収集結果をウェブ上で公開している人が何人もいた。この手のコレクションを見た感想としては、すごいというよりも、むしろ悔しい。日本へそ公園の証明書なんて、あったことすら知らなかったぞ、むむむ……。

●コレクション数が多いサイト
到達証明書寄る辺ない旅
訪問証明書コレクションジムで行く、日本旅
各種証明書(北海道限定)(まーくんの北海道旅行記

2009年05月09日

土手の一日

毎日、自転車通勤で淀川の土手を疾走している。今まで土手とはあまり縁の無い生活をしていたのだが(金八先生以外はだいたいそうだと思う)、ここに来て土手の面白さが分かってきた。土手には、土手百景とでも言うべき、土手特有の情景が広がっているのである。



朝、圧倒的に散歩中の老人が多い。途中、釣堀ではないのだが、なんとなく釣堀的になっている場所があり、朝も早よから釣りに勤しんでいる人たちが大勢いる。あーちくちょう、うらやましいなー、などと思いながら釣り人の横を駆け抜けていく。

朝の気になる風景その1は、リカンベントという仰向けで運転する自転車に乗っている人。ものすごくしんどい姿勢に見えるんだけど、あれは乗りやすいものなのだろうか。土手ならまだいいけど、普通の道はかなり走りづらそうだ。
一時期は毎日同じ時間にすれ違っていたので、勝手に「定通」などと心の中で思っていたのだが、最近は私の通勤時間が早くなったので、見ることはなくなってしまった。

代わりに最近気になっているのは、後ろ向きに歩く人。それも一人ではなく、何人も見る。
後ろ歩き健康法でもあるのだろうかと思い調べてみると、どうやらダイエット法の一つのようだ。普段使わない筋肉を使うので云々かんぬん……。
ダイエット効果については良く分からないが、傍から見ると危なっかしいし、変な姿勢で歩くから腰を悪くするんじゃないかと老婆心ながら思うのであった。日に何人も見るので、そこそこメジャな運動だと思われる。こんな情景は、土手以外では見られまい。土手の朝は、運動の朝だ。



夜、ずっと帰りが遅かったので、真っ暗な夜の情景は見慣れたもの。そんな夜の土手の主役は、あんまりいない。特に冬場はほとんど人がいない(吹きさらしなので、寒いことこの上ない)。夏場はたまに花火をしている若者がいる。

そんな中で少数ながらコンスタントにいるのが、犬の散歩をしている人である。
夜中に近い時間でも平然と犬を連れている人がいる。しかし暗闇の中の犬は大変危なっかしい存在である。土手には街灯がなく本当に真っ暗で、特に犬は身長が低いせいもあって、気づかずにうっかり轢いてしまいそうになる。
そこで結構メジャになってきていると思われる犬土手アイテムが、犬に付けるLEDライトである。犬事故防止には非常に良いアイテムだと思う。
ただ暗闇に小さな光が浮かび上がって見えるので、遠くから見ると非常に不気味である。パッと見は、何か得体の知れないものが地面に近いところでモゾモゾしているようにしか見えない。

河原にたたずむカップルもいる。ただ私は知っているのだ。夜にカップルが座っている場所は、朝の土手ではホームレスの人が集まっている場所だ。時空を超えて朝と夜の情景がダブって見える。そうか、これが定点観測の面白さなのか、などとどうでも良いことを考えながら帰りを急ぐ。



夕方。今年になって定時で帰らされる日が増えたので、夕方の土手を通ることも増えてきた。夕方は朝や夜と雰囲気が違い、実に華やかである。犬の散歩をする人、ランニングをする人、野球をする人、釣りをする人、写真を撮る人、その他もろもろ。いわば土手のゴールデンタイムである。

土手は空の広さを感じることができる。遮るものが少ないので、真上を見上げると視界いっぱいに空が広がる。特に夕方は、あかね色に染まる空が、だんだんと闇に近づいていく様子に、思わず見とれてしまう。そんな日には芝生に寝そべってゆっくり空を……といきたいところだが、犬の糞が気になるので芝生は危険である。リスクを考慮した冷静な判断が土手には求められる。


さて、残りは昼の土手なのだが、残念ながらこれは未体験である。昼にはどんな土手風景が広がっているのだろうか。今後も土手から目が離せない。

2007年03月26日

「専用おみくじ」と「汎用おみくじ」の分類

今年に入って,寺社を巡ることが多い。どれだけ多いかと言うと,この3ヶ月の間に,すでにこれだけの寺社に行ったのだ。


・徳島眉山 天神社(徳島)
・熱田神宮(愛知)
・川崎大師(神奈川)
・明治神宮(東京)
・成田山 新勝寺(千葉)
・鹿島神宮(茨城)
・伏見稲荷大社(京都)
・春日大社(奈良)
・東大寺(奈良)
・千光寺(広島)
・厳島神社(広島)
・報恩寺(中国・蘇州)
・霊穏寺(中国・杭州)
・鶴岡八幡宮(神奈川)
・江島神社(神奈川)
・善光寺(長野)
・日光東照宮(栃木)
・常磐神社(茨城)


意図的に寺社を巡る旅をしたこともあってか,全国的に有名な場所もある程度おさえることができた。今年は厄年なので,これだけお参りすれば向かうところ敵なし……だと思いたい。要は気の持ちようである。

しかし,残念ながら信仰や歴史的な背景などには関心がなく,興味の対象は参道や境内,社殿のデザインや雰囲気である。あとは広く全国に分布していることから,スタンプラリー的な楽しみもある。神様・仏様には非常に失礼な参拝客だとは思うけど,どうか許してください。


---


さて話は変わって,寺社といえば「おみくじ」である。普通は年に一回くらい引けば十分なおみくじだけど,これだけの数を巡ったこともあってか,記念におみくじを引いて帰る機会も多くあった。

引いてすぐ木に結ぶ人もいるけど,正直ゴミになるだけなので,個人的には遠慮している。そういうわけで,いつも持って帰っては部屋に置いていた。
そこで気付いたこと,それは,


  おみくじは「専用おみくじ」と「汎用おみくじ」に分類できる


ということである。まだ数少ないサンプルではあるが,それらを以下で紹介しよう。


まず「汎用おみくじ」とは,その辺の寺社に行けばだいたい置いてあるやつで,業者が作った「おみくじ」を寺社が買って置いてあるやつだ。どこでも見られるので,汎用おみくじと呼称することにする。

汎用おみくじの例としては,以下のようなものがある。汎用なので,別の寺社で同じおみくじ,というのもそんなに珍しくないと思われる。きっと誰もが見たことのある「よくあるおみくじのデザイン」であろう。






これらの汎用おみくじの多くは,山口県にある「女子道社」という会社で製造されているものらしい。ここのおみくじは,実に全国シェア7割というから,どこでも見られるのも納得ができる。
上に示すサンプルで言えば,おそらく上3つが女子道社製であろう。そのほか,製造会社は全国に6社あるらしい?


一方,特筆すべきが「専用おみくじ」の存在である。専用おみくじとは,その名の通り,特定の寺社オリジナルのおみくじである。専用おみくじにはその寺社の名前が入っており,サイズやデザインが汎用のものとは大きく異なっている。

とりあえず例として示すと……


●出雲大社

(汎用おみくじより一回り大きい。あとは標準的な内容?)


●厳島神社

(横長の紙に縦書きなのは,珍しいのではないか(たぶん))


●伏見稲荷大社

(汎用よりデカい出雲大社のおみくじよりも,さらに横がデカくなっている。オリジナルマークが入っているのもポイント高し)


●浅草寺

(他のおみくじとは,形がだいぶ違っている。英語での運勢,また「浅草寺観音籤(このおみくじの名前)」の由来と心得が書かれてあるのが特徴的)


……このように,結構自由なレイアウトのおみくじになっている。手元にあるのは残念ながらこれだけなんだけど,「出雲大社」「厳島神社」「伏見稲荷大社」「浅草寺」と,4つとも全国的にかなり有名で規模のデカい寺社のものである。推測するに,比較的大きくて金に余裕のある寺社が,専用おみくじを独自に作っているのであろう。


---


ここで気になるのは,このような専用おみくじが全国にどれほどあるのか? ということ。せっかくデカい寺社をたくさん巡ったのに,全箇所でおみくじを引いたわけではなく,どれほどあるのか想像することもできない。

関連するウェブページを探してみたところ,変わったおみくじの収集ページは見つけたものの,普通のおみくじは上手く探すことができなかった。

そんなわけなので,今後寺社を巡る際には,汎用おみくじ・専用おみくじの分類に注目してみることにする。ある程度専用おみくじが集まれば楽しいなぁと思うので,専用おみくじの在処を知っている人がいれば,教えてもらえれば幸いです。


追記:
その後の収集物は、こちらのエントリーで更新しています。

2007年02月10日

昔の計算機を使う

先日,部屋で探し物をしていると,段ボール箱の中から年代物の計算機が発掘されました。それがこちらです。

・計算尺


・RPN電卓


見た目からして,骨董品の匂いがプンプンと漂ってます。

パッと見た感じでは使用法の分からないこれらの計算機。普段は便利な「関数電卓」を叩いているわけですが,こんなにも素敵な計算機が家にあるんだから,それを使わずにしまっておくのは勿体ない。
ちょうど段ボールから発掘したのも何かの縁と思い,使い方を調べて修得してみることにしました。

続きを読む "昔の計算機を使う" »

2006年10月04日

巡り欲

前(といっても2年以上も前だけど)に旅行献血がどうのこうのと書いたが,Wikipediaの海を彷徨っていると,スタンプラリーの項にいろいろと記述があった。

りそな銀行を巡って印字を集める「りそめぐ」,全国各店のミスドカードを集める「ミスタードーナツ巡り」など。旅行貯金も同様だけど,さすがにここまで巡る対象の分布が激しいと,始めるにしてもなかなか踏ん切りが付かない。やっている人を尊敬してしまう。

続きを読む "巡り欲" »

2005年11月27日

大学名の規模

TOEICを受けてきた。これでもう5回目になるので,さすがに要領が分かってきた気がする。マークシートなんだから,もっと早く結果を出してほしい。

さて,受験会場は毎度毎度の「四国大学」であった。同じく島名(?)を冠している北海道大学,九州大学は帝大なのに,四国大学は私立である。調べてみると,過去には本州大学ってのもあったらしい(長野大学に改名)。さすがに「本州」は やりすぎだと言われたのだろうか。ちなみにそれも私立である。

地域名で見ていくと,国立の北海道大学,東北大学,九州大学,信州大学を筆頭に,私立では関東大学,北陸大学,中部大学,東海大学,関西大学,四国大学あたりがある。これだけあるのに,意外と中国大学は無いらしい(China にはあるかも)。

でもやはり,一番名前の規模がでかいのは「日本大学」であろう。
名前だけで大学をみると,頂点が日本大学で,たぶんその下に地域名を冠した大学(上記の東北大学,九州大学など)がある。そして,その地域名大学の下に,地方名大学(徳島大学など)が位置しているという感じである。
例えば,日本大学の下には関西大学があり,その下に大阪大学や京都大学がある。この方が命名規則が出来て分かりやすい感じはする。そのうち「大学名の規模」偏差値を定義したい。

2004年12月02日

二千円札の使い方

たまたま持ってると「見せてくれ〜」と人が集まってくる時期も過ぎ、そろそろ新札として定着してきた感のある新千円札(ほか2つ)。こんな時期だからこそ、今回の新札登場で一気に取り残された”二千円札“を見直し、有効活用してみるのもまた一興かなあ、と思う今日この頃である。

二千円札は中途半端すぎて使えね〜!! というのが一般論であるように思うが、個人的には大変重宝している。最近もこの二千円札が大いに役に立ったのだ。
どういう風に使うかというと、「使わないお金として常に財布に入れておく」という使い方をするのである。この二千円札は絶対に使わん!と自分に言い聞かせて、その上で財布の隅のほうに仕舞っておくのである。

これがどう役に立つかというと、うっかりお金が足りなくなったときに役に立つのである。例えばレジでお金を払うとき、あれ、お金足りないよ、どうしよう……ってな時である。
こんな状況には滅多にならないが、いざ遭遇したときには二千円札が紙、いや神のように思えてくる。おお、そういえば俺は二千円札を持っていたのか!助かったぜー!! ってな具合である。レジまで行ったのに、おっとまだ買うモノがあったんだ、とか言って いそいそと商品を戻しに行くような小市民的な行動を回避できるのである。

そんなの別に二千円札じゃなくても、「絶対に使わないと決めた千円札」を常に入れておけばいいじゃないか、と思うかもしれない。しかし、所詮は千円札である。二千円札には、「なんとなく使うのがもったいないような気がする」という、他のお札には無い特有のオーラがあるのである。
さらに、他のお札とは存在感がまるで違うので、「気づかないうちに使ってしまう」という最悪の事態も避けられるのだ。それが故に、二千円札はいつまで経っても財布の中にあり続けるのである。

普通に使えないのなら、別の方法を考えればいいのだ。もはや紙幣としての真の役割を忘れられた二千円札に憂いを感じつつ、とりあえずは今日も財布に入った二千円札を確認する日々である。